1 きっかけ
「死は存在しない」
私は本屋でこの本を何度も見かけましたが、
全く気にかけませんでした。
「死」というテーマに
なにも感じない私は
自分の成熟を感じていました。
だいぶ前の話になります。
私は塾講師をやっていました。
生徒はおもに中学生でした
生徒の1人は
「死」というテーマに
熱をもって話していました。
あの子だったら
「この本に興味をもつのだろうな」
とも思いました。
それから、ふと、
自分も死ぬわけであり、
命の核心となるテーマでありながら
その大切なテーマに興味をもたぬ自分が
枯れた大人のように感じました。
私は
いつまでも若い気分でいたい。
この本を読んでみれば
若い気分をうしなわずに済む気がしました。
さらに、この本は新書です
新書とは、
専門的 学術的なテーマを
わかりやすく説明する教養書です。
そのため、
新書が主張する内容が
珍奇であっても、
その内容を根拠とする事実は
揺るぎない客観的事実であるべきです。
また作者は東京大学工学部卒業です。
さらに副題は「最先端の量子科学」のワードがあります。
最先端の物理が
「死」をどのように説明するのか❓
読んでみたくなりました!
2 読後の感想
(1)概要
仮説の上に 仮説を立て、
さらにまた仮説を積み上げ続け
自説を主張します。
何も確かなファクトはありません。
(2)新書なのに
この本は「新書」としての出版です。
新書とは、
専門的 学術的なテーマを
わかりやすく説明する教養書です。
しかしながら
新書として出版しておきがら
丹波哲郎を霊界から召喚し、
丹波哲郎の戯言をまとめた感じの内容です。
(3)結論
とても残念な内容です。
3 ざっくりな要約
(1)ゼロポイントフィールド
宇宙は真空です。
真空にはゼロポイントフィールドがあります。
ゼロポイントフィールドは
全てを記憶しています。
記憶する情報は波動です。
(2)ゼロポイントフィールドと人間の意識
ところで、
人間も物質で構成されていて、
その物質は波動で構成されています。
ですから、
人間は波動によって構成されています
ゼロポイントフィールドは
全ての情報は波動として記録するところ、
そのすべてには、
人間である「自分」も含まれます。
ですから
地球に現存する「自分」が死亡しても
ゼロポイントフィールドにある「自分」がいます
だから
「死は存在しない」のです!
3 不思議
(1)たくさんのなぜ
なぜ、宇宙にあるゼロポイントフィールドが
全ての情報を記録するかは不明です。
なぜ、記録される情報が「波動」なのかも、
不明です。
なぜ、ゼロポイントフィールドと
地球にいる人間の意識がつながるのかも
不明です。
なぜ、ゼロポイントフィールドは
「記録」という機能のみならず、
「探索」という機能があるのか
またまた不明です。
さらに
情報の探索の前提として
すべての情報に目印があることになります。
そうすると
ゼロポイントフィールドは、
無限にある情報にどのような基準で
どのようにして目印をつけたのでしょう❓
不思議です。
(2)探索
(あらためてゼロポイントフィールの探索について)
自分とゼロポイントフィールドが繋がり、
ゼロポイントフィールドにある無限の情報から
自分が求める情報が得られます。
情報の収集の方法は
自分の「祈り」「願い」などの行為から
ゼロポイントフィールドにある欲しい情報を
探索する方法です。
こうして、近い未来の情報が取得でき、
予知ができます。
さて、そうすると、
ゼロポイントフィールと繋がる実益は
「情報の探索ができること」といえそうです。
ですからゼロポイントフィールドの持つ
「探索」という機能の存在は
作者の主張の核心といえます。
それでも、「探索」という機能について、
言及はなく流しています。
(3)情報の評価
「探索」との関連で不思議なところがあります。
ゼロポイントフィールドに記録されている
「波動」は類似の「波動」と
結びつけやすいのだそうです。
予知がこの現象を物語っているようです。
予知などが起こるのは、
自分とゼロポイントフィールドにある
記録されている波動がむすびつき、
自分がゼロポイントフィールドにある情報を
認識したから
「予知」
という現象がおきるようです。
さて、ここでまた疑問がおきます
情報とその類似の情報が結びついたようですが、
類似の情報が結びついたといういことは
その前提として
「それら情報が同質である」とする情報の評価が
おこなわれていることになります
ゼロポイントフィールドでは、
宇宙の誕生から未来に至るまでのすべての情報が
ミクロレベルの波動によって記録されてます。
それらすべての情報である波動を
どのように評価をするのでしょう❓
どちらにしても、
ゼロポイントフィールドでは、
「記憶」「探索」のほかに
「情報の評価」という機能が
あることになります。
とはいえ、なぜ、
ゼロポイントフィールでは
「情報の評価」がおこなれるかの説明はありません。
4 不思議な体験
(1)冒頭
作者は今までに
たくさんの不思議な体験をしました。
作者はその体験が科学では説明不可能で有り、
そういう体験の積み重ねが、
それら不思議体験を説明するためのツールとして
「波動」をもって説明しようとしています。
とはいえ、
それが科学的に説明できないほどの
不思議な体験なのかが
疑問でした。
作者の不思議体験の一つは大学受験です。
腹痛の受験会場の中、
200ページほどの参考者から1ページだけを絞り、
そのページの内容を覚えたら、
テストにちょうどその問題がでた
という不思議体験です。
これは2つの理由でふしぎではないといえます。
(2)1つ目
【関心のある情報と
感知はしたが興味のない情報】
そもそも
人間が感知する情報は途方もない情報です
その情報を意識に上げるのは非効率なので
命に危険があるなどの優先度の高い情報だけが
意識にあがります。
例えば、
歩いている時には、
さまざまなものを五感により、
感知しています。
歩く脇にある落ち葉、脇に道路の溝、
道路にる雑草、通り過ぎる自動車の音、
自動車が発するオイルの匂い、
雲から射す太陽の光など、
これらの情報はすべて感知しています。
しかし、おそらくこれらの情報は
意識していない情報なので、
それらを認識する事はありません。
つまり、歩く際に脇にあった落ち葉は
本人の認識のレベルでは存在しない
ということになります。
そうすると、
作者はいままでに
事実上無限の情報を感知してきました。
たとえば、
その中には発生確率が1億分の1という
おきえない現象もありました。
そうであれば、
それら現象の中に
100ページのうちの1ページの山をあてる
などの現象は、
日常レベルにおきうる現象といえます。
そうなると、
「100ページのなかから1ページをあてた」という
山あてはなんら不思議なことではありません。
こうして、客観的には
山あて行為になんら不思議な事は
なくても本人の主観において、
「不思議」と錯覚したのはないでしょうか
ですから、「やまをあてた」ということは
不思議ではありません
(3)2つめ
不思議な体験であっても
不思議ではない体験であっても、
どちらにしても
それが発生した確率は常に1分の1です。
理由を説明します。
「今」の連続がひとの人生です
その「今」は常に一回です
そうすると、「今」と他の「今」を比較するものは
ありません。
比較するものがないので
それが発生する確率は1分の1です。
ですから、客観的には不思議ではありません。
4 総括
私は毎日のように自宅近くのコメダにいきます
この時に、顔馴染みのおじいさんは
私の隣席に座ったとき
しきりに「 波動」のはなしをしてきます。
あのおじさんが話している波動と
この本の波動は同意義です。
じぶんの願望を実現したいけど
実現する根拠がないときに
「波動」を持ち出します。
「波動」には気をつけましょう!
それでは良いお年を!!!!
